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最高の引退試合 第36回皇后杯全日本女子サッカー選手権決勝


皇后杯で優勝して喜ぶ、日テレの選手たち

文/西森彰  写真/金子悟

 年があらたまり、2015年の元旦。日テレ・ベレーザの小林弥生は、引退試合である全日本女子サッカー選手権皇后杯の朝を迎えた。引退発表は年末に行われたが、今季が始まる前から引退を決意。「チームを動揺させたくない」という想いから、チームメートには事前に伝えていた。

「先輩たちの中にも、皇后杯を最後に引退する選手がたくさんいたのですが、ほとんど話を聞くのが大会前。いきなり聞くことになるし、悲しくなりました。それもあって、私は、今シーズンが始まる前から、引退することは伝えていました。だから、引退発表が出ても『やっと発表した』くらいに思っていたんじゃないでしょうか」(小林)


2007年、なでしこスーパーカップ、リーグカップ、リーグ戦、全日本女子サッカー選手権大会(現在の皇后杯)で優勝し四冠を達成した日テレで主力として活躍した小林

 今日、女子サッカーが日の目を見るようになった功労者のひとりだ。「勝てばジョホール、負ければドーハ」と言われた2003年の女子ワールドカッププレーオフ。8万人とも10万人とも言われるアステカスタジアムのアウェー戦(2-2のドロー)で、高地独特の気圧を活かしたスーパーシュートを放つなど、活躍を見せた。日本女子代表は、国立競技場の第2戦を優位に戦い、ワールドカップ連続出場記録を守った。この8年後、日本はワールドカップ初優勝を飾る。日本を含めて優勝国は6大会で4か国(他にアメリカ、ノルウェー、ドイツ)。その全てが、今年のカナダで7大会連続出場を数える。世界大会の連続出場は、有形無形のアドバンテージを産んでいる。

 また、このプレーオフは競技ステータスを上げるうえでも大きな意味を持った。当時、低調なパフォーマンスを続ける男子A代表へのフラストレーションを抱えるサポーターが、真夏のデーゲームながら1万人超も国立競技場へ足を運んだ。そこで勝利を掴むことで、少しずつ女子のカテゴリーにもスポットライトがあたるようになった。そして翌年、アテネ五輪予選の北朝鮮戦でなでしこブームは爆発する。導火線の火付け役となった小林は、度重なる大ケガに見舞われなければアテネ大会以後も、代表を引っ張って行っただろう。

 ここ数年の年末・大宮から、元日・味の素スタジアムへ。開催時期・場所の変更も、日テレに追い風を吹かせているように思えた。




浦和で指揮をとる、吉田監督

 この日、日テレが相対したのは、なでしこリーグエキサイティングシリーズを制した浦和レッズレディース。3位で勝ち点2のビハインドを背負っていたが、前を行く岡山湯郷Belle、日テレ・ベレーザを一巡目で交わし、その後はジリジリと差を開く。最終戦はアルビレックス新潟レディースとのホーム戦を落とし、2位日テレ・ベレーザとは勝ち点差なしでの優勝。堂々たる優勝とは見えにくいが、指揮をとる吉田靖監督には、周到な計算があった。

「終盤、優勝のかかる試合ではどのチームであってもプレッシャーがかかる。だから、そこまでにできるだけ有利な局面を作り上げておく」

 特に、今シーズンの浦和には、オリンピックやワールドカップに出場したような経験豊富なベテランが不在。若い選手が、大一番で浮足立つのは織り込んで、ゴール前までに盤石の体制を築くことに全力を尽くした。結果的に逆転されたレギュラーシリーズ最終節も、17節のベガルタ仙台レディース戦を引き分け、最終節で自力優勝の可能性を唯一手にしていた。エキサイティングシリーズでは、最終節を前に、極端なスコアでなければ敗れてもOKのところまで持って行った。リスクをひとつひとつ消し、優勝の可能性を少しずつ高めていく。これがエキサイティングシリーズ制覇につながった。

「惜しかったといっても、レギュラーシリーズも、エキサイティングシリーズも、『最終節で浦和が負けたら』という条件付き。他力でしたし、本当に勝負できるところまで行っていませんでした」

 日テレのキャプテン・岩清水梓は、素直にリーグ戦の勝者をたたえる。レギュラーシリーズが勝ち点1差。エキサイティングシリーズが得失点差。目の前の試合でひとつひとつ着実に勝ち点を積んでいく部分で、浦和や湯郷ベルに劣った。だからこそ、シーズン最後の皇后杯にはこだわった。

「3チームでタイトルをひとつずつとったら『なでしこリーグ、拮抗していいじゃない』となる。そのためにも、ふたつ持っていかれるわけにはいきませんでした」(岩清水)


後半、中盤でボールを競り合う浦和・岸川(左)と日テレ・田中

 今シーズンは「攻める浦和、守る日テレ」という展開が多かったが、この日は日テレが序盤から主導権を握った。リーグ序盤に藤田のぞみをケガで失った浦和は、その後、岸川奈津希がその穴を埋めてきた。ところが、過去最高のパフォーマンスを見せてきた猶本光まで、INAC神戸レオネッサ戦で負傷。吉田監督は、柴田華絵を右サイドからボランチに回したが、結果的には猶本の展開力だけでなく、柴田の右サイドでの仕掛けまで失うことになってしまった。


前半、シュートを放つ日テレ・籾木(中央)

 これに対して日テレは、勇退が決まっていた寺谷眞弓監督が「元旦の最高の舞台でサッカーができる幸せを、プレーで表現してほしいと送り出しました」。ベンチから見守る小林の目にもチームがうまく試合に入ったと映った。「若い子たちが緊張したりして、力を発揮できない時もあったんですが、今日は『弥生さんのために』と思い切り行ってくれた」。トップ下の籾木結花を初め、長谷川唯、隅田凛ら、寺谷監督が粘り強く指導してきた選手たちが躍動する。


19分、先制点を決めて喜ぶ、日テレ・田中(右)

 日テレの先制点は、19分に生まれた。後方からのフィードを前線でキープした田中美南が、走り込んできた籾木に預ける。そして籾木のシュートがGK池田咲紀子に弾かれたところを、田中が右足で確実に蹴り込んだ。


19分、先制点を決めてベンチに駆け寄る、日テレ・田中(左)と祝福する小林

「(小林弥生は)女子サッカーを支えてくれた選手のひとり。私が初めてサインをもらったサッカー選手が弥生さん。その人とプレーする中で学ぶこともたくさんありました。私だけでなくチーム全員が同じ気持ちだったと思いますが『ここまできたら優勝して、いい引退試合にしたい』と。ゴールを決めたらベンチに走っていくのは、試合前から決めていました」(田中)

 その後も、日テレはボール支配率で上回る。阪口と原菜摘子のダブルボランチが攻守両面でよく効き、前線の4枚をノープレッシャーでプレーさせる。攻め手のない浦和。追加点は時間の問題と思われたが、ここで吉田監督がカードを切った。28分という早い段階で、切り札の清家貴子を投入する。

「本当は、後半、スペースができてからスピードのある清家を投入したかったが、前半の失点後、リズムが悪く、連続失点を食らいそうでした。そこで決断しました」。

 後半開始から臼井理恵を入れて、清家に長いボールを入れようとする。それでもゴールは遠かった。

「昨シーズンと比べれば収穫だらけ。若い選手が頑張ってよく伸びたと思います。ただ、重要な場面で勝ち切るという点では力不足でした。主力選手がケガをした時にやりくりをしていましたが、リーグ戦に比べて皇后杯は攻撃の力が出せなかった。そういった部分ではまだまだやるべきことはあると思います。ただ、昨季と比べてチームと選手が成長したことは間違いないと思います」(吉田監督)


試合終了後、無失点で勝利し喜ぶ、日テレの選手たち

 強引にゴールへ迫る浦和にいくつかチャンスは訪れたが、日テレは岩清水を中心に最後まで耐え抜いた。大会4試合を終えて無失点記録のおまけがついた。

「(清家は)準決勝でも、いい働きをしていました。私はスピードのある選手ともやった経験がありますし、幸い決勝まで時間がありましたので、村松(智子)と話し合ってうまく対応できたと思います。後半の途中で、このままゼロで抑えれば大会無失点だと気づきました。そこで踏ん張ろうと」(岩清水)

 3つのチームが3つのタイトルをとりわけた。今シーズンを振り返ると、とてもフェアな結末だった。




後半、戦況を見つめる日テレ・寺谷監督

「代表の試合以外で、NHKの地上波で試合が放送されるということは、なかなかないことだと思いますが、両チームで良い内容の試合を全国の人に見てもらえたのがよかったと思います。(交代カードをロスタイムまで切らなかったのは)浦和の攻撃はサイドがカギだと思っていましたから、両サイドの攻守の連係を崩したくありませんでした」

 ふたつのタイトルを逸していたこともあり、寺谷監督は水も漏らさぬ采配で、慎重に最後の一冠を手元に引き寄せた。結果として、小林がピッチに立つ機会は失われた。それでも、この皇后杯決勝は「現役生活で思い出に残るゲームのひとつになると思う」と口にする。


ハーフタイム、他の控え選手とともにウォーミングアップを終える、日テレ・小林(左)

「みんなで今シーズン頑張ってきて、最後に結果につながって良かったな、と。まあ『ピッチに入ったら、シュートを打ちたい』とかいろんなイメージを持っていましたが……。試合内容がとても良かったし、みんなの勢いをすごく感じた。みんなの中で『私の引退のために』という気持ちを強く感じて、ゾワゾワしました。『ゾワゾワ』というのは、嬉しかったということなんですけれど(笑)」

 もうひとつ、思い出の試合として挙げたのが、2004年のアテネ五輪予選・北朝鮮戦。

「自分が呼んでもらったところでシドニー五輪の出場権がなくなり、そこからチームがなくなったりしていまいました。そんな中で迎えた北朝鮮戦でしたから、やっぱり、思い入れが強いですね」

 女子サッカー単独開催としては異例の観衆3万人が見守る中、アジアのライバルに3-0で圧勝した。実は、この試合にも小林は出場していない。前年までの3-5-2から、4-4-2にシステムが変わり、それに伴ってポジションを失った。それでも彼女は腐ることなく、同じように控え組に回ったキャプテンの大部由美、第2GKの小野寺志保らとチームを盛り上げた。

「サブが弱いチームは弱い。サブが強いチームは強い」

 それが控え組の合言葉だった。それが北朝鮮戦の勝利につながった。小林自身は、最終的にレギュラーの故障もあって、アテネの本大会ではグループリーグ2試合に先発。ワールドカップ準優勝のスウェーデンから金星を挙げ、決勝トーナメント進出に大きく貢献している。

「チーム力って出ている人もそうですけれど、サブの選手やメンバー外の選手の力だと思うんです。試合に出られない中でどれだけ盛り上げることができるか、どれだけ声を出せるかっていう部分が、試合に出る選手たちの頑張りにつながる。それが大事だと思います」(小林)




試合終了後、ゴール裏のサポーターの前で写真に納まる、小林(下段左から3人目)

 メキシコとのプレーオフが行われた、ひつじ年が再び巡ってきた。女子ワールドカップイヤー。小林の後輩たちは胸に前回女王の証であるエンブレムをつけ、連覇へ挑む。

「自分たちはワールドカップで優勝していい思いをさせていただきましたけれども、それまでに苦しい思いをしたり、悔しい思いをしたりして先輩たちがいてのもの。そうした気持ちを受け継いでいきたいと思います」(阪口夢穂)

 その気持ちがチーム全体にあれば、連覇への道を切り開けるはずだ。
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