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【ブラサカ・アジア選手権2011】激闘の記録 3

111224_01.jpg ブラインドサッカー・アジア選手権2011
日本代表vs.イラン代表
日時/12月24日(土)14:00
場所/元気フィールド仙台
結果/日本0-2イラン

取材・文・写真/中倉一志

 3日目を迎えた元気フィールド仙台のスタンドには、この日も大きな日の丸の旗が飾られ、早い時間帯から多くのサポーターが足を運んだ。前日までの成績は、中国の勝点6を筆頭に、日本(同3)、韓国(同1)、イラン(同1)と続く順位。日本が一歩リードしているとは言え、残されたひとつのパラリンピック出場枠を争う戦いは、依然として混沌としていた。そして、第1試合の中国vs.韓国がスコアレスドローに終わったことで、まずは韓国が脱落。残る一つの枠を日本とイランで争うことになった。

 ここまでの2試合を見れば、組織で戦う日本に対し、イランは個のフィジカルと技術の高さで戦うチームと、そのスタイルは極めて対象的だ。しかし、力関係で見れば全くの五分と五分。どちらが勝利を手にするかは全く分からない。勝負を分けるのはディテールの部分。引き分け以上という条件が日本にどのような影響を与えるのか?あるいは、勝利が必要なイランが、どのような精神状態で臨むのか?日本の歴史を変える戦いが14:00にキックオフされた。

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 しかし、立ち上がりの日本の動きが重い。引き分けでもいいという状況が影響しているのか、必要以上に慎重になっているかのように見える。そして、前半の主導権はイランへ。恵まれた体格を活かし、力強いドリブルで仕掛けるスタイルで日本を自陣内へ押し込んで試合を進める。日本は、そのドリブルを止めることが出来ず、ここまでの戦いで五分以上に渡り合ってきたフェンス際の攻防でも後手を踏み、ジリジリと後ろに下がらざるを得ない展開が続く。それでも、何とか粘り切って前半は0-0。勝負は後半へと持ち越された。

 日本らしさが感じられるようになったのは後半に入ってから。黒田智成、落合啓士を中心に攻撃のリズムを取り戻すとイラン陣内へ。その動きにけん引されるように全体のポジションが高くなり、際どいシュートでゴールを襲う。日本が完全に主導権を取り戻したかに見えた。しかし、後半6分51秒9、先制点を奪ったのはイランだった。いつものように1人で仕掛けるイランに対し、日本はゴール前で3人が対応。決して危ない場面には見えなかった。だが、そんなところからでも強引にシュートをっのがイラン。足下の狭いスペースを抜けた来たボールをGKが抑えるのは難しかった。

 そして2点目もイラン。壁際での攻防をパワーと巧みなターンで抜け出したBehzad Zadaliasghar NigiehがGKと1対1に。右足から放ったシュートがゴール左隅を捉えた。それは17分45秒6のことだった。しかし、日本は前へ出ることをやめない。あくまで自分たちのサッカーを連ねてパラリンピック出場をめざす。スタンドから送られる熱い声援を背に受けて、自らを鼓舞し、仲間を鼓舞し、そして決定機を作り出していく。だが、放ったシュートはゴールをわずかにそれ、イランGKの攻守に阻まれ得点が生まれない。結果は0-2の敗戦。日本はパラリンピック出場にあと一歩に迫りながら、最後の壁を崩すことが出来なかった。

 試合内容は全くの五分。決定機の数でも互角だった。決定力の違いという言葉もそぐわない。ただゴールが入ったか、入らなかったか。試合を分けたのは、ただそれだけの理由だった。しかし、それがサッカーだ。日本ブラインドサッカー協会(2010年8月に日本視覚障がい者サッカー協会から改称)が設立されてから10年目の節目の年に目指したパラリンピック初出場は残念ながら叶わなかった。

 ほとんどの選手たちが10年前からともに戦ってきた仲間。10年間の思いをかけた戦いに敗れた悔しさは計り知れない。それでも、黒田は「パラリンピック出場権を取れず悔しい。けれど、大会はまだ終っていない。最後はしっかりと勝って、みんなで笑顔で大会を終えたい」と気丈に話した。そして、翌日行われた3位決定戦で、彼らは自分たの想いをピッチの上で存分に発揮してくれた。これが日本のブラインドサッカー。そして、これが支えてくれた人たちへの感謝の気持ち。それは素晴らしい戦いだった。

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(続く)


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